二月:寄鍋

 日脚は日に日に伸びているが、寒さは一段と厳しい二月。寒く冷え切った晩には、やはり鍋が一番。水炊き、しゃぶしゃぶとさまざまあるが、魚貝の入る寄鍋は、だしの旨味で湯気の香りまで味わい深い。親は子に、子は老親に、あるいは若者同士、美味しい具材をにぎやかに教え合うおしゃべりも寄鍋の良さ。湯気でくもる窓の外の寒さは遠い。

寄鍋やこの貝旨しと箸で寄せ 越智淳子


一月:お節料理

お正月のお節、重箱に綺麗に詰められたもろもろの料理。紅白かまぼこ、ごまめ、黒豆、栗きんとん、伊達巻、酢の物、焼き魚、海老、煮しめ、叩きごぼう、昆布巻き、酢蓮根等々。お節のそれぞれ品の由来は、「よろ昆布」や「豆に生きる」など、駄洒落のように聞こえるが、ひょっとして、これは後付けではなく、それこそ遥か遠い昔、人類が食べ物を手に入れた時の喜びの叫びがそのまま糧の名前になったのではないか?ふとそんなことを考える。

よろこびの言の葉つどふお節かな 越智淳子


十二月:ローストチキンレッグ

クリスマス料理-欧米各国にはそれぞれの伝統料理があるが、戦後日本が取り入れたのはアメリカ文化。ならクリスマスには七面鳥となるはずが、それは無理と、替わりに鶏のもも肉ローストが店頭に見え始めたのは昭和30年代後半。味は照り焼き風で、骨の部分を銀紙で包めばご馳走感に溢れた。その後のブロイラー鶏、そしてその味に満足しなくなると地鶏を謳い、今では全国にブランド鶏があるようだ。そんな歴史の変遷も子供の笑顔の食卓には遠い話。

鶏の腿ほほばる子どもイヴの卓 越智淳子


十一月:牡蠣フライ

季節が寒さに向かうにつれ、牡蠣が美味しくなる。牡蠣の賞味期間は、月の文字にRが入る九月(September)から四月(April)というのは日本でもよく知られた話だが、養殖が当たり前の今では昔の話となりつつある。殻付きの生牡蠣にレモンを滴らせ啜るのは、旬を楽しむ優雅な習わしというのはモーパッサンの「ジュール叔父」からもお馴染み。生も良いが、火を入れた牡蠣は安心で一層美味しい。ご飯と味噌汁に牡蠣フライ、サクと齧れば、その美味しさは口いっぱいに広がる。

潮の香熱く放つや牡蠣フライ 越智淳子


十月:松茸飯、土瓶蒸し、焼き松茸

松茸は希少価値の食材の代表格。その香りは独特で、しかも採れにくい。昔人々は、里山で燃料とする松葉掻きをしていたが、化石燃料となり松葉掻きが絶えると、土地は落葉で富栄養化し、その結果生育しにくくなったとか。アカマツも樹齢30年ぐらいなどいろいろと条件もあり、人工的に栽培できないのは確かに希少価値。ということは、松茸はまぎれもない「旬」という季節の、秋のご馳走。松茸を焼き、ご飯に炊き込み、はたまた吸物にと松茸を料るのもまた誇らしげ。

松茸籠下げて高下駄板前は 越智淳子


九月 子芋の煮物

今月から「今夜はご馳走」がテーマ。美味しいもので心が満たされれば、どんなものでもそれが「ご馳走」。俳句では芋は里芋。八ツ頭、海老芋と形もいろいろ。親芋から子芋たくさんというのも縁起が良い。煮ればもろもろの味が沁みこみ、噛み心地のある柔らかさは美味しさのもと。「衣被」や「芋の煮ころがし」あるいは「お芋さん」、里芋をめぐる言葉は、丸く愛らしい形と深い味への有難みの故だろう。里芋は、家庭の味から京の料亭、各地の芋煮会までおそらく日本人の味の原点のひとつに違いない。

山の味海の味沁む子芋かな 越智淳子